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ボー・ハラルド

データはすべての人のライフイベントのために
ボー・ハラルド
リアルタイム・エコノミー・プログラム、MyData.org 創業メンバー/チェアマン

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来るべきデータ社会をいかに語るかがとても大事です。シンプルなストーリーが必要です。わたしは「ライフイベント」という言葉から、常にその有用性を説くようにしています。
日本の首相が2019年1月のダボス会議で提起したコンセプトは、「Data Free Flow with Trust」というものでしたが、まずは、それを聞いてどのような印象を持たれたかお聞かせください。
首相が自らそのようなコンセプトを提示するというのは素晴らしいことだと思います。わたしの代わりによくやったと伝えていただけると嬉しいですね(笑)。
はい、機会がありましたら伝えます(笑)。
デジタライゼーションとデータ社会の到来は、人類の歴史を根底から変えるものになると思います。ただ、ここでよく考えなくてはならないのは、データがもつふたつの側面です。ひとつは「My Data」、もうひとつは「Big Data」です。このふたつをつなぎ合わせ、さらにそこに必要に応じて人工知能を組み合わせることで、人生における「ライフイベント」に向けたソリューションを生み出すことが可能になります。
データと言うと、多くの人がすぐに思い浮かべるのはビッグデータのほうかもしれません。
だとすればなおさら、来るべきデータ社会のあるべき姿をいかに語るかがとても大事になってきます。ナラティブが重要なのです。データドリブンなソリューションへの支持を国民や政治家から得るためには、シンプルなストーリーが必要です。わたし自身が創業に関わった「https://MyData.org」という組織でも、そのことはとりわけ重視しています。そしてその際に、「ライフイベント」という言葉から、常にその有用性を説くようにしています。
そもそもハラルドさんが、データの力を強く意識するようになったのは、どういった経緯からだったのでしょうか。
ことの始まりは70年代後半です。フィンランドで初めて電子バンキング〈e-banking〉というものを始めたところからです。わたしはノルデアバンクでこのプロジェクトを担当していたのです。〈e-banking〉によって、銀行窓口やATMに行かずともバンキングができるようになり、最初はとても喜ばれました。ところが、しばらくすると不満が聞こえてくるようになりました。なぜ紙の請求書に書かれている番号をいちいち手で入力しなくてはいけないのかという不満です。そこから電子的に処理された請求書〈e-invoice〉のアイデアが生まれたのです。「そのうち人は送られてきた請求書に対して、たった一文字のコマンドを入力するだけで、支払いを完了することができるようになる、そうすればもう不満も出ないだろう」というのが〈e-invoice〉の背後にあった考えです。そして〈e-invoice〉を始めたら、次は必然的に電子化された領収書も必要になります。そして〈e-reciept〉が生まれました。
ボー・ハラルド
〈e-invoice〉のプロジェクトを進めたのは、当初はノルデアバンクだけだったのでしょうか。
アイデアを出したのはノルデアバンクでしたが、こうした取り組みは、ひとつの銀行だけでやっても意味がありません。エコシステムとして機能しなくてはなりませんから、他の銀行はもちろん〈e-invoice〉のサービスプロバイダーも含めたネットワークを構築しなくてはなりませんでした。それは、今で言うとペイメントのネットワークを構築するのと同じことですから、オープンなインターフェイスの開発、データコンテンツのスタンダード化といった作業に大変な労力を要しました。
なるほど。
もともと重視されていたのは、コスト削減による生産性の向上でした。データの利用価値は実際に運用するなかで徐々に見出されていきました。請求書や領収書に含まれているデータを見ると、そこにはVAT(付加価値税)が記載されています。それが納税に直結したデータであることは言うまでもありませんが、それ以外に、どのような人がどこで何を購入したのかといったことも、そのデータを通じて明らかになるのです。しかも、そうしたデータをリアルタイムで捕捉できるようになると、リアルタイムVAT報告といったことも可能になります。もちろん、こうしたデータを通じて企業の業績や個人のプライバシーが明かされるようなことはあってはなりませんが、データによってリアルタイムで経済の動向が明らかになることは、非常に革命的です。そこから「リアルタイム・エコノミー・プログラム」というプロジェクトが2006年にティエトというソフトウェア企業を中心に、アアルト大学、会計業界と公共セクターの協力のもと始まることとなりました。
〈e-invoice〉においてフィンランド政府はどのタイミングから参加したのでしょう。
フィンランド政府は早いタイミングで電子化によるコスト削減額の試算はしていたのですが、デンマークの政府が2005-6年にかけて思い切って踏み込んだような勇気はもてずにいたようです。デンマーク政府はそのタイミングで、国や地方自治体への請求は電子請求書で提出されなくてはならないということを義務付けました。フィンランド政府は、そのような強制力を発動するのに二の足を踏んでしまったのです。
ハラルドさんは、デンマークのように政府が強制的に電子化を義務づけることには賛成ですか。
間違いなく賛成です。絶対にやったほうがいいと思います。ただし、その前に政府が最初にやるべきことは、銀行やその他の金融機関に、〈e-banking〉の一環として規格化された安全で安価で簡便な〈e-invoice〉を中小企業に向けて展開させることです。それを経た上で、一定の時間的な猶予を設けた後で、ある日を境に、あらゆる請求書・領収書をひとつのフォーマットに統一するということをすべきだと思います。もちろん、理由によっては例外を認める必要もあるかとは思いますが。
個人データをめぐる議論は、当初はプライバシーをめぐるものが多かったのですが、近年では、データを自分が必要なときに取り出すことができるようにするための法的なフレームワークへと移行しています。
冒頭に「ライフイベント」というお話がありましたが、その考え方についてお聞かせください。
1999年にはすでにそのコンセプトがありました。当時ノルデアバンクでやろうとしていたのは、銀行のオンラインアカウントにログインすると、そこに個人のライフイベントがずらりと表示され、それに沿ったかたちでさまざまな金融サービスを編成することができないかということでした。結婚するとか、子供が生まれるとか、車を買いたいとか、起業しようと思っているとか、これからの人生で起きるさまざまな出来事をサポートしていくことが未来の銀行のビジネスの根幹になると考えたのです。ところが、当時の銀行のなかには、お金にまつわる情報しかなく、みなさんの人生設計をサポートするのに十分なデータがなかったのです。
どういうことでしょう。
こういうことを考えていたんです。例えば、あなたが新しい仕事を探しているとしますね。そこであなたは、まず銀行に、自分が求職するために必要な情報を集めてくることを委任します。そして集めた情報を用いて求職に必要な記入事項を自動的に埋めていきます。何かをしようと思うたびに、自分の運転免許や、医療診断書や、前に勤めていた会社の給与証明など、あちこちに散らばったデータを集めなくてはなりませんが、それらを銀行が「データサービスプロバイダー」として集め、それをあなた自身で管理できるようにするというアイデアです。2018年に施行されたGDPRという法律は、自分に関わるどういうデータが、どこにあるかを知ることの権利を認め、自分の必要に応じていつでもそれを取り出すことを可能にしました。個人データをめぐる議論は、当初は、データの保護、つまりプライバシーをめぐるものが多かったのですが、近年では、データを自分が必要なときに取り出すことができるようにするための法的なフレームワークをめぐる議論へと移行しています。
そうした環境が実現するにあたって、課題となるのは何でしょう。
データサービスプロバイダーが、あなたの委任状をもった上で、あなたのライフイベントに必要なデータを収集しにいくとして、その際にまず重要になるのは、あちこちに散らばったデータストレージにアクセスするためのインターフェイスが標準化されていなくてはならないということです。EUには、銀行口座のAPIをオープン化した「PSD2」という法律がありますが、それに似たやり方での標準化が、ヘルスケアデータやロジスティックデータについても必要になってきます。こうした標準化の動きは、EUでもようやく始まったばかりですが、これによって技術的に導入しやすく法律にも適ったデータの運用ができるようになるのです。
ボー・ハラルド
そうしたデータは、実際どう人の役に立つのでしょう。
2006年にフィンランド政府が「リアルタイム・エコノミー・プログラム」を始めた際の最初のモチベーションは、まずはコスト削減でした。デジタルテクノロジーを用いることで経済活動を便利かつ迅速にし、かつ自動化によってコストを下げるということです。データの重要性が見えてくるのは、それがまず成されてからです。経済活動を行う際に必要な書類を埋めるためのデータを個別に集めて記入するのではなく、すでに記入された状態でその書類をやり取りできるようになれば、労力も時間も心理的なコストも下がります。それがデータの有用化の第一のステップです。次は、どこに存在しているのかわからないけれども、あなたのために有用であろうデータをライフイベントに役立てることが第二のステップ。そして第三のステップとして、個人データとビッグデータを組み合わせることによって、より良い選択の可能性を提供できるようになるのです。データの役立ち方というのは、こうした段階があるかと思います。リアルタイム・エコノミーが生産性の向上のためのデータ利用だとするなら、マイデータは個人に利便性をもたらすためのデータ利用だと言うことができるかと思います。
どこに存在しているかわからないけれども、有用であろうデータとは具体的には何のことですか。
それは、例えばプラットフォーマーと呼ばれる企業などが取得しているようなデータです。GDPRの重要な意義のひとつは、個人がそれらのデータを得ることを個人の権利として認めたことだと思います。
それらのデータは実際に個人にとって役立つものなのでしょうか?
さまざまな素晴らしいデータが眠っていますが、それが必ずしも役立つかたちで整理されていないのが実情です。
4つのスクリーンに映し出された情報を結びつけビッグデータとして利用することで、ヨーロッパに2000万社以上ある中小企業を助けることができます。
データの有用性はまだ十分に見出されていないということですか?
現状においては、その通りです。しかしながら、AIの活用が進むことによって、そうしたデータは必ず今後有用化されていくと思います。わたしは2018年にブログに書いたのですが、それは「Four Big Screens」というタイトルで、未来の財務省のオフィスの風景を描いたものです。そこには4つの大きなスクリーンが置かれています。ひとつ目は全国民の収入をリアルタイムで表示するスクリーンです。これは技術的にはすでにフィンランドでは導入されているもので、誰かに給与が支払われると、ほぼリアルタイムで課税システムがそれを検知するというものです、給与と納税が自動化されたシステムで結びついているので、そのモニターを通して日々国内でどれだけの給与が支払われたかをモニタリングすることができるのです。ふたつ目は〈e-invoice〉や〈e-receipt〉のやり取りを集約したもので、何に対してどれだけのお金が支払われたかを表示しています。3つ目は使われていないお金の流れ、つまり、銀行の預金や株式投資などで動いているお金の流れです。そして4つ目は、VAT報告をもとにした企業の収益を映し出しています。
ボー・ハラルド
なるほど。
この4つのスクリーンに映し出された情報を結びつけビッグデータとして利用し、公共財として誰もが見られるものにすることで、ヨーロッパにおよそ2000万社あると言われる中小企業(SME)を助けることができるはずです。こうしたビジネスのビッグデータによって、売り上げの予測など、ビジネスに役立つ知見を中小企業も得ることができるようになるのです。日本でもこうした議論はなされているかもしれませんが、欧州コミッションにこの話をしたところ非常に強い関心をもってもらえました。
そこで財務省が見ているデータというのは、政府だけが独占的に見ることができるデータということではなく、公共財として誰もが見られるものになっているということですよね。
そうです。これは財務省だけでなく、あらゆる企業のオフィスの光景であり得るものです。もっとも、そのデータを取りまとめ一般に向けて公開していく機関はどこであることが望ましいのか、プライバシーの観点から問題がないのか、は議論のあるところだとは思います。
* 記事の内容は個人の見解であり、G20貿易・デジタル経済大臣会合としての公式見解を示すものではありません。
ボー・ハラルド
リアルタイム・エコノミー・プログラム、MyData.org 創業メンバー/チェアマン
MyData Global Networkのボードメンバー、Real-Time Economy Programの設立者として活動するほか、スタートアップ企業や政府のアドバイザーとしても活躍。1970年代より銀行業界に身を置き、Union Bank of Finland、Merita Bank、Nordea Bankなどで働く。Nordea Bankでは、バンキングサービスの電子化に尽力し、「e-bankingの父」として国内外からの信頼を集める。2005年に退社して以来、インディペンデント・アドバイザーとして活動。

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データ活用を巡るこれからの可能性と課題を、専門家たちはどんなふうに考えているのだろうか。

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