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サンジャイ・アナンダラム

データ社会を円滑にするデジタル公共プラットフォームを
サンジャイ・アナンダラム
iSpirt グローバル・アンバサダー

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データフローの安全性にとって重要なのは、それが法的観点、政策的観点、そしてテクノロジカルな観点から、きちんと検証されることです。
社会のシステムを来るべきデータ社会に向けてアップデートすべく、世界中で行政によるさまざまな取り組みが行われています。そのなかでも、近年とりわけ注目が集まっているのがインドの取り組みです。とりわけ、誰でも利用できる〈公共API〉を束ねた「インディア・スタック」は、そのアーキテクチャのユニークさ、スマートさにおいて特筆すべきものだと思います。まずはiSpirtの成り立ちと、その概要を教えてください。
「インディア・スタック」は、2009年にスタートしたインド国民全員にデジタルIDを付与する「Aadhaar」というプロジェクトから派生したもので、さまざまなAPIやモジュールの集合体のことを指します。発展して行くなかで、スタックは「プレゼンスレス(本人不在)」「キャッシュレス」「ペーパーレス」「コンセント(合意)」の4つのレイヤーがつくられることとなりました。「インディア・スタック」をつくりあげているアーキテクチャーは、例えばドローン規制、金融包摂、ヘルスケアといったさまざまな領域で用いられています。
「iSpirt」は2013年にバンガロールで設立された非営利組織で、ソフトウェアやデジタルプラットフォームを用いて社会のトランスフォーメーションを行うという趣旨に賛同してくれたボランティアで構成されています。「インディア・スタック」の多くの構成要素の企画・デザインし、開発し、実装は彼らによって行われたものです。現在、総勢100人以上のボランティアが絶えず出入りしている組織で、プロジェクトや取り組みごとに参加メンバーは絶えず変わっています。
デジタル・パブリック・プラットフォームは、国が公共財として、国全体に提供するデジタルプラットフォームのことだと思うのですが、このアイデアは一体どこから始まったものなのでしょう?
「iSpirt」が組織されたのは2013年のことですが、当初からインドはデジタルプラットフォームのガバナンスを他国とは違うやり方で構想していました。中国のモデルは、国家が一元的にそれを管理するモデルです。一方アメリカでは、法と議会の規制のもと民間企業によって運用されます。EUは、GDPRという法律を基盤にした管理・運用を模索しています。インドは、民間セクター、公共セクターのどちらに対しても、誰でも利用できるものとして、国がデジタルプラットフォームを提供するというモデルを採用しています。エンドユーザーは、ここで提供される公共財を、企業や自治体といったサービス提供者を通じて、間接的にそれを利用することとなります。企業は、このプラットフォームを利用して、顧客やパートナー企業のために新しいサービスをつくり自由にイノベートすることができます。言うなれば、プラットフォームは道路のようなものです。それを提供するのは国ですが、そこを走る「車」は、交通法規にしたがっていれば、誰もが自由にデザインし、走らせることができるのです。そして利用者である国民は、その「車」を使って自分の行きたいところに行くことができるのです。
サンジャイ・アナンダラム
そのプラットフォームを提供することのメリットは何なのでしょう?
最も重要なことは、これが「公共財」としてのプラットフォームであるということです。公共財であるということは、それが国民全員によって所有され、政府を通して、誰もが等しく利用できるものであることを意味しています。それは国民全員の要求を満たし、法的に要件を満たしたものあると同時に、データがフリーフローする際のプライバシー、安全性、そして個人の主権を十全に守るものでなくてはなりません。データガバナンスが向上し、漏洩が減っていくことによって、これまでアクセスできなかったり、手が届かなかったサービスを、多くの人びとが利用し、役立てることができるのです。
そのプラットフォームは、現在、4つのレイヤーが積み上がっている構造になっています。
デジタル・パブリック・プラットフォームの一番基礎となるのは、国民全員のIDシステム〈Aadhaar〉です。指紋・虹彩・顔の3つの生体認証によってID番号と個人が紐づけられています。このシステムによってオンライン上で本人確認ができるため、基礎レイヤーは「プレゼンスレス・レイヤー」(本人不在レイヤー)と呼ばれています。その次に、個人や企業がさまざまな書面をインターネット上でやり取りできるようにする「Digital Locker」(電子保管庫)、「e-KYC」(電子本人確認)、「e-Sign」(電子署名)、「e-Receipt」(電子領収書)などのAPIを束ねたレイヤーがあります。これは「ペーパーレス・レイヤー」と呼ばれています。その上に乗るのが「キャッシュレス・レイヤー」です。ここには、企業や役所間で送金を行うためのAPI「Unified Payment Interface」(統合決済インタフェース)などが含まれます。そして、その上に「コンセント・レイヤー」、つまりデータの共有や利用の承認を行うための種々のAPIなどが束ねられているのです。現在では、このフレームワークが徴税、ヘルスケア、物流からドローンの管理、旅行といった分野にまで応用されています。
非常に合理的な仕組みだと思いますが、この全体の設計図は、いったいどなたが描いたのでしょう?
実は、設計者はいないのです。このアイデアの始まりは、2009年に国が〈Aadhaar〉というデジタルID制度の採用を決定したことです。国民全員にIDが振られたとすると、次はそのIDを認証したり、保管したりすることのできる仕組みが必要になると気づき、そこで電子的な保管庫や電子的に本人確認を行うことのできる仕組みが開発されました。それが「Digital Locker」であり「e-KYC」となったのです。ひとつの取り組みを実施すると次に必要なものが見えてくるというようなやり方で、順々に出来上がっていったものなのです。それが「インディア・スタック」というひとつのコンセプトとしてまとまったのは、2014〜15年のことだったと思います。
インドでうまくいく仕組みであれば、アフリカや南米の貧しい国々でも使えるものとなるかもしれません。わたしたちはインド国内の問題だけにチャレンジしているわけではないのです。
アイデアをまとめていくに当たって、ほかの国などを参考にしたりはしたのでしょうか
インドは世界的に見ても非常にユニークな特性をもった国です。100万以上の人が使っている言語が13もあるだけでなく、その行動様式も多様です。国民の経済状況をみても、地理的条件においても、あるいはインフラへのアクセスの状況においても、非常に幅広い多様性があります。教育レベルや経済レベルにおいても大きな格差があるのも大きな困難です。そうした多様な条件のなかにいる全国民を、どうすれば、ひとつのプラットフォーム、ひとつの経済システムに参加してもらうようにできるのかはとても難しい課題です。13億もの人口をもつわけですから。インドが新しいモデルを採用せざるを得なかったのは、こうした課題に応えるモデルがほかにはなかったからなのです。現在、このインドのモデルを多くの国が注目しはじめています。インドが抱える問題は、何もインドの特殊事情というわけではなかったというわけです。
サンジャイ・アナンダラム
政府が主導するのではなく、政府に近いところにいる「iSpirt」のような組織が、デザイン、開発、実装を担うことのメリットはなんだったのでしょう。
iSpirtの強みは、素晴らしいキャリアをもったデジタルのエキスパートが、非常に高いモチベーションをもって参加していることです。非営利のボランティア組織で、政府や規制当局の資金は入っていません。いわゆる「パブリック・プライベート・パートナーシップ」の一例だと思いますが、わたしたちのような中立な組織が間に入ることで、さまざまなパートナーシップが円滑になるのです。もちろん、どんな公共財も政府の後押しがなくては実現できません。インド政府は社会変革のためのデジタルプラットフォームづくりを協力に後押ししてくれました。そして、インドはこのシステムが大きな規模で広範囲に使えることを証明しました。わたしたちは、iSpirtの活動を通じて、世界の70億の人口のうちの60億人の貧しい人たちを助けるソリューションを提供したいと考えています。インドでうまくいく仕組みであれば、アフリカや南米の貧しい国々でも使えるものとなるかもしれません。わたしたちはインド国内の問題だけにチャレンジしているわけではないのです。
こうしたシステムを通じてデータの流通性は非常に高まるようにも思いますが、改めて、データの重要性とはどこにあるのでしょう。
国がなんらかの補助金を支給したり、年金、保険金の支払いを行ったり、福祉サービスを提供するためには、必ずアイデンティティに関するデータと、受取人が本人であるという証明が必要になります。インドのように巨大な人口を抱え、国土も広く、多様性に富んだ国では、それをきちんと行うだけで相当な労力がかかります。徴税・納税においてもそうです。それ以外にも、医療データ、教育に関するデータ、商取引データ、SNS上などにある公開データなど、膨大な量の個人データが、あちこちに分散しています。それらのデータを、信頼に足るやり方でやり取りができなくては、本当の意味でのデータの有用化とは言えません。デジタル・パブリック・プラットフォームは、それを実現するためのものです。電子IDをもっていれば、そこに参加することができます。そして、そこで公共・民間にかかわらずさまざまなサービスを受けられるようになるのです。
国際的なデータのやり取りについて法律上、政策上の取り決めができてもシステムの互換性がないと意味がありません。アーキテクチャ同士がどのように対話しうるのかを考えなくてはなりません。
その安全性や信頼は、どのようにして担保されるのでしょう。
データ・ガバナンスには、3つの領域があると思っています。そしてそれぞれの領域によって、ガバナンスの原則も異なってきます。
その3つとは?
個人データ、法人データ、マシンデータの3つです。個人データのガバナンスの原則は、「本人同意」に基づいた利用というものです。2019年の7月25日に発表された「Sahamati」というものは、「アカウント・アグリゲーター」の集合体で、彼らを通じてデータプロバイダーとデータユーザーは、本人同意ももとシームレスにデータをやり取りを可能にするものです。また現在議会では個人情報保護に関する法案も審議されていて、1年以内には可決される見込みです。この法案は、データプライバシーに関する最高裁の判決に準拠したものとなります。
法人間、マシン間のデータについては、まだ明確なポリシーが策定されていない状況ですが、いずれにせよデータフローの安全性にとって重要なのは、それが法的観点、政策的観点、そしてテクロジカルな観点から、きちんと検証されることです。これらも、個人データ保護の原則を基盤にして整備されていくかと思います。
国民ID制度の〈Aadhaar〉は、昨年、憲法違反ではないかと最高裁に訴えられました。
2018年9月にインドの最高裁判所が出した判決は、Aadhaarは憲法に則ったもので政府が徴税したり、補助金や福祉サービスを行う際に利用するのは問題なしとしました。その一方で、民間企業が、個人に対して〈Aadhaar〉のID番号の提出を義務化してはいけないというのが、判決の基本的な趣旨とです。
サンジャイ・アナンダラム
なるほど。データのガバナンスに関しては、データが国境を超えていくと規制が非常に難しいものとなりそうです。
いくつかの国ではデータ監督を行う機関の設置が議論されています。国際的なガバナンスのフレームワークを発展させていくためには、いくつかのレイヤーにおいて合意が必要となります。国際的なデータのやり取りについて法律上、政策上の取り決めがあっても、システムの互換性がないと意味がありません。アーキテクチャ同士がどのように対話しうるのかを考えなくてはなりません。インドに本社を置く会社の顧客データが、例えば日本にあるサーバーで管理されていたとしたら、どちらの国の法がそのデータに対して適用されるのか、など難しい問題はたくさんあります。
それは、どのように解決していくのが望ましいのでしょうか。
まさにインディア・スタックがそうしたように、できるところから徐々に積み上げていくことが大事なように思います。簡単にできることからやるのです。また、インディア・スタックのアーキテクチャが優れているのは、それがモジュラーでフレキシブルでスケーラブルなものだからです。ですから、あとからどんどん新しいサービスを載せていくことや、データをやり取りしたり、他のシステムと統合したりすることができるのです。考えながらつくり、つくりながら考える。小さいところからはじめて、それを成功させる。すると自信をもってより大きな課題に取り組むことができるようになる。そんなふうに進めていくしかないのだろうと思います。
* 記事の内容は個人の見解であり、G20貿易・デジタル経済大臣会合としての公式見解を示すものではありません。
サンジャイ・アナンダラム
iSpirt グローバル・アンバサダー
80年代よりインドにてITビジネスの経験を積んだのちに渡米、シリコンバレーでのちにInfoseek/Disneyに買収されたVC「NETA」を共同創業。その後アーリーステージのインド/アメリカの越境テクノロジースタートアップを支援する「JumpStartUp Venture Fund」の創業パートナーとなった。インドに帰国後は、インド発のアントレプレナー向けオンラインメディア「Venturekatalyst」を立ち上げる。現在は、ソーシャルトランスフォーメーションを実現するためのデジタル公共財の制作を行うノンプロフィットの支援団体「iSpirt」のグローバル・アンバサダーを務めるほか、TiE Bangalore、IIMB Innovations、Catalyst for Women Entrepreneursなどのの組織で役員や委員などを務める。

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データ活用を巡るこれからの可能性と課題を、専門家たちはどんなふうに考えているのだろうか。

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